論理文法に見るファジィらしさ2


 HPSG の音韻論について簡単に説明する。HPSG の PHON の値は、音素の連鎖と見なされている。一般的に HPSG のような記号ベースの理論は、制限の強い音韻論を採用する。例えば、記号には音韻論と意味属性が内在しており、それらを分散するために統語属性が制限を課していくと考えている。
 各接点の属性値は、娘の属性値にとって関数となっている。これは、 範疇文法に基づいた音韻論と同様に、一 種の構成性原理を採用している。
 記号は、音韻の内容、分散するための統語的な特徴そして意味への貢献といった少なくとも3つの次元で変化している。そして、より大きな記号を形成するために別の記号と結合していく。 また、文法組織は、形態素の貯蔵庫といえるレキシコンのために存在し、 形態素の構造に対する制限は、レキシコンに関する一般化と見なすことができる。つまり、レキシコンに関する一般化が、形態素として生じる記号に応用される。
 論理文法には、自然言語と論理言語をつなぐための役割がある。また、 小説には必ず、様相、時間、存在といった推論と共有可能な情報が存在する。本書の目的は、とある作家(ここではThomas Mann) の文体がどのような推論なのかを考えていくことである。こうした言語の裏側に存在する推論を捉えるこができれば、緩衝材(ここでは PTQ など)を介して、人間とコンピュータの間に立てるロジックの方向性を決めることができる(ここではFuzzy Logic)。
 まずポイントになるのが、Richard Montague の PTQ (The Proper Treatment of Quantification in Ordinaiy English)。夕イトルにもあるように、 PTQ は、量化の問題を取り上げ、自然言語と論理言語の翻訳技法について扱っ ている。PTQは、生成文法との整合性も良く(詳細にっいては、GPSG を参照すること)、この手法を概ね理解することができれば、英語の基本表現を基にした分析樹から内包論理への変換方法と、分析樹から簡単な英語の文へのシュガーリングという二重構造も理解できる。なお、シュガーリングは、パージングと逆のプロセスになる。
 次に、直感主義論理を取り上げる。直感主義論理は、PTQ のような二重構造ではなく、シュガーリング と意味解釈に対する表現の形式化が存在するだけである。直感主義もやはり量化の問題について古典的な二値論理では対応できないという立場を取る。確かにタイプ理論が重要な役割を果たす。しかし、PTQ が考察した量化と照応だけではなく、条件文から文脈に依存するテキストのダイナミズムも視野に入れるため、本論では、PTQと類似した構造を持っMartin-Löf のタイプ理論を採用する。
 直感主義論理と同様に、ファジィ論理は多値論理の系列に属している。 1960年代前半、Zadehは、厳密な数学と曖昧な現実との矛盾に橋渡しをすべく、真理値だけではなく概念に対しても曖昧な値を導入することに成功した。こうして産声を上げたファジィ理論は、システム系の理論として成長しつつ、言語系の研究者にも注目されるようになっていく。本書では、テキストの情報を処理するために最低限必要と思われる概念、 例えば、ファジイ集合、ファジイ論理、曖昧な数字そしてファジイコン トロールなどを「魔の山」に重ねて説明していく。そして、推論の土台となる記憶や知識の問題と話を照合しつつ、「魔の山」におけるイロニ 一的な距離の問題を音の情報も含めて考察する。つまり、本書における結論は、Thomas Mannのイロニーを形式論で記述する場合、ファジ イ推論を選択することが現状ではベストであるということになる。

花村嘉英(2005)「計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」より


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